自動音声認識(ASR)システムは音声をテキストに変換します。通常、変換後のテキストは単語の集まりになります。シスコは ASR システムを使用して Webex 会議にリアルタイムで字幕を表示しています。この場合に生じる問題の 1 つは、句読記号や大文字がないと、字幕として読みにくくなることです。句読記号の有無は、テキストの意味を正しく理解できるかどうかに影響します。たとえば、以下の単語の集まりには句読記号の付け方が 2 つ考えられます。
“thank you your donation just helped someone get a job”.
オプション A: “Thank you! Your donation just helped someone get a job.”(ありがとうございます! あなたの寄付は誰かの就業を支援しました。)
オプション B: “Thank you! Your donation just helped someone. Get a job.”(ありがとうございます! あなたの寄付は誰かを支援しました。仕事に就いてください。)
句読記号 1 つでまったく違う意味になります。
そこで、後処理システム構築時の考慮事項について説明します。
従来の n グラム法 [1] も比較的有効です。ただし、難点があります。n グラム モデルでは高速推論が可能ですが、言語の語彙によっては 3 グラム モデルでも数ギガバイトものディスク領域を使用する場合があります。また、語彙外の単語の処理にも問題があります。このモデルでは、トレーニング データに含まれていない単語があると通常の方法で処理できず、精度が下がります。最新の手法では、双方向 RNN [3] や、アテンションおよびトランスフォーマーに基づくニューラル ネットワーク アーキテクチャ [2] などの効果的な技法を採用していますが、これらはコンピューティング リソースを大量に消費します。これらのモデルは高い精度を実現しますが [2]、推論の実行に入力シーケンス全体を必要とするため、ライブ配信の用途にはあまり適していません。たとえば、双方向 RNN の場合、新しい入力トークンが 1 つ加わるだけでも、それまでに入力されたすべてのトークンの隠れ状態を更新しなければなりません(図 1)。 2 つのモデルを構築することによって句読記号と大文字化の解決を試みる手法や [3][6]、出力に高い相関性があることから両方を 1 つのモデルに結合する手法もあります [4][2]。たとえば、句読記号とその直後の単語にはこうした相関性があり、ピリオドの直後の単語の語頭は大文字にし、コンマの直後の単語の語頭は小文字にする可能性が高くなります。タスクごとに 1 つずつ、複数の出力を行うアーキテクチャ [4] を提示する手法もあります。そのような手法は、このアーキテクチャが句読記号と大文字化の別個のアーキテクチャより優れていることを示しています。これらの点を考慮し、私たちは、句読記号と大文字化に 2 つの出力を行う 1 つの GRU ベース ニューラル ネットワークを採用することにしました。語彙外の単語を処理する際には、センテンスピースのように、未知語を小さなトークン(最小で 1 文字ずつ)に分割する方法 [6] を使用します。その詳細と考慮事項について、以下に説明します。
句読記号モデルの構築において、後から加わるコンテキストが不可欠であることは、直観的にも実験結果からも明らかです。なぜなら、次にどのような単語が来るのか不明な状態で現在位置の句読記号を判別するのは難しいからです。次に来るトークンに関する情報を使用し、逆方向にさかのぼるすべてのトークンの隠れ状態を更新しなくても済むようにするために、逆方向の固定範囲より前を切り捨てることにしました。順方向では通常の RNN の処理になります。逆方向では、各トークンにおいて固定された範囲のみを考慮し、その範囲内で RNN を実行します(図 2)。この範囲を使用することにより、新しい入力トークンに対する一定時間内の推論を実現できます(順方向では 1 個の隠れ状態を、逆方向では n+1 個の隠れ状態を計算する必要があります)。 このように、すべてのトークンそれぞれに、順方向と逆方向の隠れ状態があります。この層を TruncBiRNN または TruncBiGRU(GRU を使用するため)と呼ぶことにします。これらの隠れ状態は、入力の長さに関係なく一定の時間で計算できます。一定時間のオペレーションは、モデルがリアルタイムに字幕を表示する上で必須です。
このアーキテクチャは、埋め込み層、TruncBiGRU および単方向 GRU 層、全結合層で構成されます。出力には、句読記号用と大文字化用の 2 つのソフトマックス層を使用します(図 3)。 このモデルでは、すべての単語について、大文字化と単語の後の句読記号について予測します。これらの 2 つの出力を適切に同期させ、大文字化の予測精度を高めるには、(前のステップから句読記号を復元するために)前のトークンからの埋め込みも認識する必要があります。これとカスタム損失関数(次のセクションを参照)を組み合わせることによって、文頭の単語が小文字で始まらないようにすることができます。句読記号の予測では、次の単語の大文字化を予測することも役立ちます。そのため、現在の埋め込みと次の埋め込みを連結します。句読記号の出力層は、すべての句読記号の分布を予測します。このモデルでは次の記号を予測します。
ピリオド – センテンスの途中に出現するピリオドで、次に来る単語の語頭が必ずしも大文字になるとは限らない(“a.m.”、”D.C.” など)
コンマ
疑問符
省略記号
コロン
ダッシュ
文末ピリオド – センテンスの終了を示すピリオド
大文字化には次の 4 つのクラスがあります。
小文字
大文字 – すべての文字を大文字にする(“IEEE”、“NASA” など)
語頭の 1 文字が大文字
大文字と小文字が混在 – “iPhone” など
文頭の 1 文字が大文字 – センテンスの最初の単語
“文頭の 1 文字が大文字” と “文末ピリオド” という 2 つのクラスは、一見すると重複しているように思えるかもしれませんが、この 2 つを使用することで大文字化と句読記号に関連する答えの一貫性を高めます。“文末ピリオド” は、次の大文字化の答えが “小文字” ではないことを意味し、“文頭の 1 文字が大文字” は、前の句読記号が “文末ピリオド” または疑問符であることを意味します。これらのクラスは、損失関数に重要な役割を果たします。損失関数: 大文字化と句読記号の両方を最適化する必要があります。そのために、次のような係数を使う log 損失関数の合計を使用します。 ただし、前述のように、ニューラル ネットワークの出力は完全に相関するとは限りません。たとえば、句読記号の出力では現在の単語に “文末ピリオド” が予測されていても、大文字化の出力では次のトークンに “文頭の 1 文字が大文字” が予測されていない場合があります。このような誤りはまれですが、著しい不一致となります。これに対処するために、この種の誤りにペナルティを加える次のような追加のペナルティ項を損失関数で使用します。 1 つ目の項は “文頭の 1 文字が大文字” が “文末ピリオド” 以外の後に発生する確率に対応し、2 つ目の項は “文頭の 1 文字が大文字” が “文末ピリオド” の後に発生しない確率に対応します。 このペナルティを、この誤りが発生するトークンの合計に加えます。また、前の層からソフトマックス層に 2 つの連続テンソルを渡します。これにより、ペナルティ項を効率的に削減できます。最終的には、次のような損失関数になります。
トレーニングには、社内の Webex 会議の文字起こしと Wikipedia のテキスト データを使用します。まず、トレーニング データをクリーンアップし、センテンスに分割します。トレーニング時には、連続するセンテンスから各サンプルを生成し、固定分布からランダムな長さに切断します。これにより、カットされたフレーズをトレーニング時に使用できるため、推論時にモデルで中間結果を処理できます。次に、約 300 メガバイト相当の Wikipedia テキストでトレーニングを行い、Webex 会議の文字起こしで微調整します。Wikipedia を使用して事前トレーニングを行うことは、すべての句読記号クラスの向上に役立ちますが、大文字化クラスには特に効果的です。これは Wikipedia コーパスに含まれる大量の固有名詞が役に立っているものと考えられます。同じデータ準備を評価セットにも適用し、センテンスの連結とランダムな長さへの切断を行います。これにより、中間状態の字幕の正確さを測定できます。
GRU の切り捨てと損失関数へのペナルティの追加など、比較的簡単な方法を使用してアーキテクチャをカスタマイズすることにより、オンラインで実行できるモデルを構築しました。リアルタイムで句読記号の挿入と大文字化を提供することにより、ライブ字幕の読みやすさが格段に向上します。 参考文献 [1] A. Gravano, M. Jansche, and M. Bacchiani, “Restoring punctuation and capitalization in transcribed speech,” in ICASSP 2009, 2009, pp. 4741–4744. [2] Monica Sunkara, Srikanth Ronanki, Kalpit Dixit, Sravan Bodapati, Katrin Kirchhoff, “Robust Prediction of Punctuation and Truecasing for Medical ASR” [3] Tilk, Ottokar & Alumäe, Tanel. (2016). Bidirectional Recurrent Neural Network with Attention Mechanism for Punctuation Restoration. 3047-3051. 10.21437/Interspeech.2016-1517. [4] Vardaan Pahuja, Anirban Laha, Shachar Mirkin, Vikas Raykar, Lili Kotlerman, Guy Lev “Joint Learning of Correlated Sequence Labelling Tasks Using Bidirectional Recurrent Neural Networks” [5] Wang, Peilu & Qian, Yao & Soong, Frank & He, Lei & Zhao, Hai. (2015). Part-of-Speech Tagging with Bidirectional Long Short-Term Memory Recurrent Neural Network. [6] Lita, Lucian & Ittycheriah, Abe & Roukos, Salim & Kambhatla, Nanda. (2003). tRuEcasIng. 10.3115/1075096.1075116. [7] https://github.com/google/sentencepiece Webex にサインアップする 詳しくは、Webex のホームページをご覧いただくか、直接お問い合わせください。 Webex のサービスの詳細と無料アカウント登録については、こちらをクリックしてください。